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グローバルに事業展開する
金融機関に課せられた
「バーゼルⅢ」
への対応

リーマンショック後の金融・経済秩序を保つ
国際的規制、「バーゼルⅢ」。

2008年秋に世界を震撼させたリーマンショック。これを発端に世界各国へ波及した経済混乱を受け、主要国(G20)の銀行監督当局で構成されるバーゼル銀行監督委員会は、金融・経済の秩序を保つため、グローバルに事業展開する金融機関に対する自己資本規制「バーゼルⅢ」の導入を決定した。バーゼルⅢの施行は段階的に行われ、まずは「流動性カバレッジ比率」や「安定調達比率」など、資金の流動性に関する指標について施行されることとなった。これを受けて、日本を代表する金融グループである三井住友フィナンシャルグループにとっても喫緊の対応を迫られることとなった。日本総研では、これに対応するプロジェクトチームを立ち上げ、大規模データを取り扱うリスク管理システムの新たなプラットフォーム構築に取り掛かったのであった。

01敏腕プロジェクトマネジャーの起用

R.Wakayama
市場系業務システムを所管する部隊を率いる。
部長として、本プロジェクトも含めた複数の開発プロジェクトを全体統括する。
K.Takehara
本プロジェクトの統括責任者としてプロジェクトマネジャーを務めた。SMBCとの連携やプロジェクト全体のヒト・モノ・カネといったリソース管理なども行った。
「世界の金融ビジネスにおけるルールの刷新。当然に厳格な期限がある中、何としても間に合わせなければならない。秀逸な人的リソースを確保し、いかにプロジェクトを円滑に動かしていくか。それが何よりも大切だと直感しました」と部長の若山は、プロジェクト立ち上げを振り返る。
そんな若山が、どうしてもメンバーに召集したいと思っていたのは、数々の難関プロジェクトを成功に導いてきた敏腕プロジェクトマネジャーだった。それが竹原である。
「難しいプロジェクトほどエキサイティングで楽しい!」というのが竹原の信条である。「今回のプロジェクトは世界各国の金融機関が注目するバーゼルⅢへの対応であり、日本のメガバンクグループとして世界と戦うためにも避けて通れない、いや、“決して負けられない戦い”なんですよ」と颯爽と言い放つ。そんな彼がキーパーソンとなってプロジェクトを動かしていった。

02要となるポジションに中堅や若手を抜擢

A.Watanabe
市場系のシステム開発で経験を積んできた中堅社員の一人。SMBCの担当者や他システムを所管する関係各部、システム運用部隊のメンバーなど、様々な関係者との調整役として活躍した。
T.Ichihashi
メンバーの中で最若手。リスク管理システムと密接に関連する既存のALMシステム(資産・負債の総合管理システム)の業務アプリケーション開発を担当した。
中堅では、渡辺がプロジェクトに抜擢され、立ち上げ当初から三井住友銀行のユーザー部署内に設置されたプロジェクトルームに通いつめた。渡辺を含めわずか十数名で構成されたチームであったが、開発フェーズに突入すると、ITベンダーの開発者など含めて150名にも及ぶ大所帯となっていた。「開発フェーズが佳境になるとITベンダーの開発者がどんどん増員されて入ってきます。そんな彼らにこれまでの開発経緯や作業状況など説明し、スムーズにプロジェクトに参画して力を発揮してもらうのも私の役目でした。技術や知識もさることながら、対人関係スキルやコミュニケーション力がないとやっていけないですね。ずいぶん鍛えられましたよ」と渡辺は振り返る。
当時、入社4年目だった若手の市橋は、バーゼルⅢ対応のリスク管理システムと最も密接に関係するALMシステムの業務アプリケーション開発に抜擢された。「声をかけられた時は、このプロジェクトに関われるという期待と不安でいっぱいでした。でもこんな大きなチャンスを与えてもらえて最高に嬉しかったです」と笑顔で市橋は話す。ALMシステムは既存のシステムであるため、バーゼルⅢ対応とは非同期で、様々な現行機能の改定案件なども入ってくる。市橋の役割は、ALMシステム側の改定によってバーゼルⅢ対応で構築しているリスク管理システムへの影響の有無を的確に見極めること。影響が発生する場合には、ALMシステム側の改定内容を見直したり、リスク管理システムの開発者へ具体的な影響を示したりした。
※ALMシステム: Asset Liability Management System 金融環境の変化に伴って生じる各種のリスクをコントロールしながら、資金調達コストの削減、資金運用の効率化を図り、収益を安定的に極大化するための資産・負債の総合管理システム

03プロジェクト推進をサポートする中核人材の投入

M.Ushiroda
ITベンダーから転職してきた中堅社員。プロジェクトの途中から助っ人として召集され、プロジェクトの計画策定や全体管理など、竹原の右腕となって活躍した。
リスク管理システムの開発がピークを迎える頃、プロジェクトマネジャーの竹原は「チームの要として、中堅クラスの人材をもう一人補強したい」という思いを募らせていた。そこで指名を受けたのが、ITベンダーから転職して日本総研に入社していた後田であった。彼は日本総研に入社後、リスク系システムの開発でいくつかのプロジェクトを経験してきており、その仕事ぶりは周囲からも認められる人物であった。竹原は、そんな彼を自分の右腕として起用し、プロジェクトの開発計画策定や進捗管理を任せることにした。
「私が途中参画した頃、プロジェクト内では多数の関連システムとの間で行われるデータ連携の仕様調整に難航していました。幸いにも私は、過去にデータ連携の仕組みを構築した経験があったので、プロジェクトに参画してすぐに力を発揮することができたと思います。また、私は転職組なので過去の経験を活かしつつ、日本総研の中でたくさんの関係者と信頼関係を築いていきたいと思っていました」と後田の頼もしさがうかがえる。

04「ハイスペックなIT」と
「アナログな情報共有手段」の協奏

今回構築するリスク管理システムは、20を超える他システムと連携しており、1回の処理ごとに1億件を超えるデータを高速で処理するというハイスペックが求められる。「システムの性能やロジックだけでなく、算出された数値の検証、抽出すべき情報の適正判断など、銀行業務の知識がなければ手に負えないものばかりです」と竹原は言う。
もう一つ重要だったのは、機動性に満ちたスピード感あるプロジェクト推進だ。「バーゼル委員会が定めるバーゼルⅢの仕様や実施スケジュールは、国際的な政治や経済の動向も絡んで随時変更されました。それをプロジェクト推進においてうまく吸収していく必要があったのです。竹原を中心としたメンバーは本当によくやってくれました」と若山は目を細める。
このような大規模プロジェクトでスピード感を損なわずに推進していくためには、多くの関係者との緊密な情報共有が欠かせない。一般に、伝達の些細なズレや遅れによって重大な課題や懸念が見えなくなってしまい、大きな障害発生につながることも多々あるのだ。そのようなことのないよう、プロジェクトマネジャーの竹原はひと工夫試みたのだった。「テストフェーズに入ったところで、大きな壁に全体の進捗状況を細やかに張り出すようにしたんです。メンバー全員が同じモノを見て認識を共有する。メールで受け取る機械的なものは臨場感がないんです。昔は普通にやっていたアナログな手法をあえて復活させてみました」と竹原は熱を込めて語る。その試みは大成功だった。ベテランからは懐かしむ声が漏れ、若手からは物珍しげな視線が向けられたが、このやり方で情報共有を行っていくうちに、情報だけでなく感情の共有もできるようになってきた。会社も異なる多くの開発メンバーが集まっているプロジェクトであるが、全体が一体となり士気が高まった。

05金融グループの将来を見据えて

「正直に言うと、立ち上げ当初は、メンバーそれぞれの知識や経験ではかなり荷が重い状態でした。でも意欲と情熱のある人間は大きく成長するんですね。それを今回のプロジェクトを進めていく中で本当に実感しました」と竹原は振り返る。
新システムの構築をミッションとした竹原であったが、「自分の手がけた仕事が人材輩出プロジェクトと呼ばれるようになるのが私の目標です」と、プロジェクトを通じて将来の日本総研を支える人材育成に目を向けている。このように過酷なプロジェクトを乗り越えた数々のメンバーが、日本総研を、そして三井住友フィナンシャルグループを、力強く支えていくのだ。