私は学生の頃から「経営とIT双方の深い知識や経験を有する人材として、多様な分野で活躍する」というキャリア像を描いていた。そのためにまずITシステムの基礎を身につけようと考え、新卒時には大手メーカー系列のIT企業を選んだ。運用SEやIT営業を経験する中で、システムとその活用に関わる知見を深めることができたので、次は経営を学ぶべく大手コンサルティング会社に転職した。
IPO前の企業に対して戦略策定や業務改革のコンサルティングを行うという、まさに経営の本丸に関わる業務を担当できたのだが、その中で経営の知識やスキルとともに叩き込まれたのが、まさにコンサルタントのスピリットとも言えるものだった。例えば「クライアント・ファースト」。何よりもお客さまのことを考える、と言うのは簡単だが、自分や自社の利益を考えるとなかなか難しい。自らを強く律し、お客さまのためにどれだけ考え抜けるかを問う日々は、私にとってとても価値ある、素晴らしい経験となった。
二度目の転職の動機になったのは、コンサルティング業界で自分は後発者であるという認識だった。大学時代から研鑽を重ね、高度な専門知識を持つ人や、とんでもなく仕事ができる人を目の当たりにし、彼らと同じ土俵で戦って果たして差別化できるのか、彼らがやっていないようなことに挑戦しなければいけないのではないか、と感じたのだ。
そんな思いを抱えている時に、お客さまから意外な案件を提示された。それは、新たに進める中期戦略を中国にある現地法人に対して説明してほしいというものだった。中国については門外漢だったが、お客さまと検討した内容をしっかり伝えようと現地に足を運んだところ、これが大きな転機となった。当時の中国のビジネスはまだ旧来の属人的なもので、営業活動においても科学的な手法はほとんど採用されていなかった。コンサルティングというビジネスの、まさにブルーオーシャンだったのだ。競合する企業もほぼない状態で、ここなら他者にはない価値を提供できる存在になれると私は考えた。中国の現地法人で科学的な営業を行うことをコンセプトに、仲間と共に日本企業にアプローチしてみると好反応で、多くのお客さまを獲得することができた。そしてビジネスをさらに拡大するため、2008年に日本で開催したセミナーが日本総研との縁につながった。
当時、日本総研は中国市場の開拓を図る中で私たちのセミナーに参加していた。その中で交流するうちに意気投合し、仲間3人と共に入社。私は日本総研の現地法人で副総経理となり、中国・東南アジアで知見を得た医療機器業界における戦略コンサルティングを続けた。2019年に帰任した後に手掛けたのが、ある製薬業界団体の案件だった。日本の医療政策に関する提言書を作りたいというもので、これが今の主な研究・専門分野であるヘルスケア分野での政策提言に深く関わるきっかけとなった。
効率的・効果的な医療提供体制の構築を目指す提言書の内容をさらに世の中に広めるため、提言に賛同する複数の企業・団体と共にコンソーシアムを作り、より公益性を高めた「持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言」として発表。すると、ある国会議員の方が注目してくださり、図らずも私が衆議院の委員会で提言書の内容を説明する任を仰せつかることとなった。私は数年前まで医療政策の提言活動についてほとんど素人だった。ただ、中国など海外ではデジタルの活用が進んでおり、なぜ日本でできないのか、日本ならもっと優れた活用ができるはずだという歯がゆい思いをずっと持ち続けていた。課題意識を持ち、徹底的に追求していった結果が衆議院での提言にまでつながり社会に貢献できたことは、シンクタンク系コンサルタントだからこその経験であり、醍醐味であったと考えている。
現在の私のミッションは、医療とともに予防なども含めた広義のヘルスケア領域に関する規制改革や目指すべき姿を明示した政策提言を通じて、政策に関する議論に貢献することと、官公庁や民間企業の課題を解決するための提案を行い、その実現を支援することだ。政策提言と課題解決は、それぞれシンクタンクおよびコンサルティングファームの本来的な業務だが、二つを合わせて行うことはアドボカシー活動※に近く、さらに社会実装まで支援していくのは、シンクタンク系コンサルティングファームとしての強みが生かせる事業と言える。
これからの事業領域にも関わらず、会社のサポートは大きい。そして、この取り組みができるのは、日本総研が公益性の高い取り組みを行う調査部を持ち、社会貢献を重視してきたからこそだと思う。まだ自分が目指すところまではたどり着いてないが、最近ではある県の医療系シンクタンクと共に県内の医療機関や薬局を訪問し、具体的な現場の状況を踏まえながら患者団体の意見を伺い提言を作り、改善を進めるために動いている。こうした取り組みを着実に推し進め、国民目線で提言を行い、提言実現への期待に応えていきたいと考えている。
※アドボカシー活動:個人やグループが要望や陳情ではなく提言によって社会的な課題の可視化や国・自治体の施策改善を図っていく活動。