いつも『人』に心を動かされて、
自分の歩く場所を決めていた。
金沢の高校は自由な校風で、友達も割と奔放なタイプが多かった。「『やるときはやる』のがかっこいい」。そんなスタンスの仲間が揃っていたから、遊んでいるように見えて、陰では相当勉強していた。優秀な仲間たちに囲まれ、一緒に成長する。今思えば、そうした環境をいつも探していたように思う。大学時代はバスケットボールのサークルにのめり込み、「偏微分方程式はどんな流体でも記述が可能だ」ということをグラフィカルなプレゼンテーションで訴える教授の姿に魅せられて、大学院で必死に学んだ。振り返ってみると、常に僕が夢中になるきっかけを作っていたのは、周囲にいた輝きを放つ『人』だった。
氷河を解かしてくれた
採用担当者の本気のひと言。
就活当時の頃を振り返ると、様々な企業で出会った面接官のことを思い出す。学生を見下すような態度の採用担当者もいたし、揚げ足を取るような言葉をぶつけられたこともあった。しかし、日本総研は全然違った。どこの会社よりも自分を一人の人間として見てくれたのだ。僕は面接で人事部長に質問した。「何を基準に採用する社員を判断しているんですか?」その答えは「人を見ている」。僕は、その考え方が好きだった。人に魅力を感じ、人に影響されて行動してきた。会社という組織も、究極は採用責任者の方は「君たちが日本総研を創り変えて行くんだ!」。と真顔で言った。個人の力で会社を変えるなんてできるのだろうか?僕は訝しんだが、その人がポーズで言っているのではなく、本気で言っていることがひしひしと伝わってきた。その熱さに心を動かされ、その場で堅い握手を交わしていた。
理想とする人たちに出会い、
社会人としての働き方が、見えてきた
入社後の研修が終わってすぐに、僕は現場の最前線へ、文字通り「放り込まれた」。会議に出ても、専門用語の羅列で僕が取りつく島はまったくない。先輩は言った。「待ってちゃダメだ。自分で判断して行動しないと」。日本総研は、僕の想像を遙かに超えて、新人にずっとずっと裁量の大きな、そして責任の大きな仕事を任せる組織だった。自分が主体とならなければ、何も始まらない。相手の要望を捉え、その要望に応えることにはある程度自信があっただけに、それが通用しないことに僕は愕然とした。とにかく現状を打破しようと無駄に動き回ったた。
そんなある日、先輩から飲みに誘われ、ずばり切り込まれた。「おまえ要領よくやろうとして手ぇ抜いてんじゃねえのか?」衝撃だった。がむしゃらに頑張っているつもりだった。でもそれは、早く活躍したいという気持ちが先走って、焦って空回りしていただけだったのだと気付かされた。「自ら苦労して得た経験以上に信頼できる根拠なんてないんだよ」。ダメ押しの一言に、僕の心の中に炎が点った。『かくありたい』と思っていた人間像と限りなく重なる人たち。
素晴らしい先輩たち、そして素晴らしい仲間に囲まれて働ける。そして共に苦労を乗り越えていける。それが僕にとって、日本総研で働く最大の意義だ。僕の同期もみな優秀で熱い仲間が揃っている。僕は、僕だけではなく、僕らの世代全員で、この会社で輝きたい。日本総研で金融ビジネスの未来を変える存在となり、やがては後輩に日本総研で働く魅力を伝えていきたい。それは決して夢物語ではないはずだ。