社会に貢献する実感を求めて
海洋物理学から地方創生の道へ。
学部と大学院で研究していたのは海洋物理学。海流や海水温などの変化による気候への影響を物理学の視点から解明する学問で、私のテーマは北太平洋における数十年規模の変動に対する月の潮汐力の影響評価だった。世界的な課題となっている気候変動を解明する取り組みは楽しく、意義あることと理解はしていたが、社会に貢献している実感をより欲する自分に気づき、今よりも直接的に社会へ価値を還元できることをしたいと考えるようになった。旅行が趣味で学生時代も日本各地を訪れていたが、その中で地方の活気が失われていることが気になっていた。地域が元気を取り戻し、発展を続けるために自分も何かをしたいという思いを抱き、地方創生に興味を持った。
専門外の自分に何ができるのかという不安も感じたが、調べるうちにコンサルティング業界ならその道がある、自分にも何かできるかもしれないと考えた。地方創生に関わるいくつかのコンサルティング会社のインターンシップに参加したが、そのうちの1社が日本総研だった。印象に残ったのは「日本総研は自由度が高い」「やりたいことができる」という社員の声。目指すゴールが明確だった自分にとってその環境は魅力的で、ここなら思いを実現できると考えた。私はそれまでコンサルティング業界には気位の高い人が多いイメージを持っていた。しかしインターシップで皆が謙虚に誠実に仕事をしていると感じ、先入観が覆されたことも入社の決め手となった。
デジタルはあくまでツール。
信頼関係が課題解決のベース。
入社後に配属されたのはコンサルティング部門のデジタル社会創成グループ。デジタル技術を活用して国・自治体における行政経営の高度化や地域社会の課題解決を実現することをミッションとし、DX戦略の立案や情報化アドバイザリーなどを行う。グループのテーマの一つがEBPM(Evidence-Based Policymaking)の支援。EBPMは政策の目的を明確にしたうえで合理的根拠(エビデンス)に基づきながら立案していく手法で、国や自治体に広がりつつある。私たちはデータを活用したEBPMの実現もサポートしている。
ある省庁の案件で、データ利活用によって某自治体の政策立案を支援するプロジェクトに携わった。テーマは観光振興だったが、そこは観光地として実績があり、立地や施設にも特殊な要因はなく、地域の抱える課題が何なのか当初はよく見えなかった。しかし現地に赴いて話を聞くうち、外部からは見えない事情や制約を知るようになった。自分はしょせん外部の人間という気持ちのままでは信頼を得られないと考え、現場に飛び込み、時には現実的な悩みにも寄り添って本音で語り合いながら新たな政策を模索していった。最終的に一定の方向性を示してプロジェクトは成果を挙げたが、それよりも自治体の方々から「プロジェクトに応募してよかった」「一緒に仕事ができてよかった」と言っていただけたことに大きなやりがいを感じた。地域には人生を賭けて社会や産業の振興に取り組む方がたくさんいる。その中で仕事をするには何よりもまず信頼関係を築くことが重要で、デジタルの活用はそのための手段。この案件は、地方創生もデジタルも専門ではなかった自分が、地域を元気にしたいという思いを実現するための大きな一歩となった。
地域や社会のために何ができるか。
ただそれだけを考え抜く。
東日本大震災の復興支援も大きな学びを得た仕事だった。被災3県と呼ばれる岩手・宮城・福島において、新たな地域づくりに取り組む団体を支える国の事業にデジタル社会創成グループが参加したものだった。私が担当したのは、甚大な津波被害を受けた岩手県沿岸地域で防災の取り組みや震災の教訓の伝承を目指す団体の支援。主役は地元の高校生たちで、震災のことはほとんど覚えていないが地域のためになることをしたいと皆が語ってくれた。一方で彼らを支える大人たちからは、高校生たちの思いに共鳴しつつも、地元に強い思いを持つ余り視野が狭くならないかと危ぶむ声を聞いた。悩んだ末に支援対象団体の方が出した「高校生たちをインドネシアのバンダ・アチェに連れて行く」という答えに寄り添い、話し合いを重ね、何ができるかを熟慮した。バンダ・アチェはスマトラ沖地震で大きな被害を受けた地域だ。津波という共通項を持つ現地の高校生たちと震災に関する意見交換をし、さまざまな交流をすることで普段できない経験や新たな気づきにつながればと考えたのだ。このプロジェクトはインドネシア側の参加者やサポーターから高い評価を受け、今後も継続的に実施してほしいとの声をいただくに至った。また、現地に訪問した高校生たちが目の前でたくましく成長していく姿に私自身も大きな刺激とやりがいを感じた。
デジタル社会創成グループはデジタルの力で新たな社会づくりを目指すグループだ。しかし根本にあるのは社会創成で、デジタルの利活用を目的としているわけではない。岩手県の復興支援プロジェクトにおいてもデジタルやデータは使っていない。コンサルタントに求められているのは地域や社会のために何ができるかを考え抜き、実現に向けて力を尽くしていくことで、その方法は問われない。これまで参加してきたプロジェクトを通じ、自分に強い思いさえあれば、それを実現できる環境が日本総研にはあると改めて感じている。これからも信頼関係の構築を大切に、もちろん私たちの専門領域のデジタルの力も生かしながら、地方創生に関わり続けていきたい。